「ママ、もう泣かんといてな」

 

先日、癌で両目を失ってしまった男の子のドキュメント番組を見ました。

その子は、お母さんに向かって満面の笑顔でこう言ったのです。

「ママ、今まで僕を育ててくれてありがとう。僕は僕に生まれてきてよかったです」

私は、その言葉を聞いた瞬間、胸が締めつけられるような気持ちになりました。

なぜなら、その子の中には、教育で最も大切と言われる「自己肯定感」が驚くほど育っていたからです。

実は近年の心理学や脳科学でも、「自己肯定感」は人生の幸福度や挑戦力に大きく影響すると言われています。

アメリカの心理学者マーティン・セリグマンは、「自分には価値があると思える人ほど、困難を乗り越える力が高い」と研究で示しています。また、ハーバード大学の発達研究でも、「幼少期に安心して愛された経験」は、将来の心の安定や人間関係に強く影響すると報告されています。

つまり、「自分は大切にされている」と感じられることは、子どもの心の土台になるのです。

しかし、そのお母さんはインタビューでこう話していました。

「真っ暗闇の中で一生過ごさないといけないなら、もう死なせてあげた方がいいんじゃないかと思った」

親がそこまで思い詰めるほどの絶望。
想像しただけで胸が苦しくなります。

それでも、その子は最後に、
「僕は僕に生まれてきてよかった」
と言えたのです。

これは単なる“前向き思考”ではありません。

私はそこに、「愛情の力」があったのだと思います。

子どもは、お母さんを笑顔にしたい。
お父さんに喜んでほしい。
先生に認めてもらいたい。

そんな気持ちを、実は驚くほど強く持っています。

だから子どもは、時々こちらがびっくりするほど頑張ります。

大人から見ると、
「何でそんな事で?」
と思う事でも、子どもにとってはとても大切な出来事なのです。

例えば幼稚園でも、子どもたちは本当に小さな事を嬉しそうに伝えに来ます。

「せんせい、見て!」
「一人でできた!」
「これ描いたの!」

大人から見ると何気ない事でも、子どもにとっては大発見なのでしょう。

そして、その時に先生が少し立ち止まって、
「本当だ、できたね」
と笑顔で返すだけで、子どもの表情がぱっと明るくなる事があります。

子どもは、「ちゃんと見てもらえた」「気づいてもらえた」という安心感の中で、自信を育てていくのだと思います。

脳科学では、人は安心感を感じると「オキシトシン」という脳内物質が分泌されると言われています。これは“愛情ホルモン”とも呼ばれ、不安を減らし、人との信頼関係を深める働きがあります。

つまり、子どもにとって安心できる関係は、心だけではなく脳の発達にも影響しているのです。

もちろん、魔法のように一瞬で自己肯定感が育つ方法はありません。

しかし、「愛されている実感」は間違いなく子どもの心を強くします。

園でも、ご家庭でも、特別なことより、まず安心できる空気を大切にしていきたいですね。

愛情は、案外すごい言葉ではなく、

「今日も来たね」
「それ面白いね」
「気をつけてね」

そんな普通の会話の中にあるのかもしれません。(290324改130526)

気持ちよさそー

 

努力は報われる!?

 

「努力は報われる」という言葉は、まるで学校の廊下に貼ってある標語のように、昔から当たり前のように使われています。しかし大人になって振り返ると、「あれ?あんなに頑張ったのに報われなかった事も結構あるな…」と思う人も多いのではないでしょうか。

実は最近の脳科学や心理学では、「努力そのもの」よりも、“どんな気持ちで努力しているか” が非常に重要だと言われています。

脳科学者の中野信子さんは、「人は好きなことをしている時の方が脳が活性化しやすい」と話しています。また、世界的バイオリニストの千住真理子さんも、幼い頃から“天才”と呼ばれ続け、その期待に苦しみ、一度は演奏活動を辞めてしまったそうです。しかし、ホスピスで一人のファンのために演奏した時、「評価されるため」ではなく「誰かを幸せにしたい」という気持ちに気づき、再び音楽の道を歩み始めたと言います。

この話はとても深いと思います。

「評価されること」は時に人を苦しめます。しかし、「好き」という気持ちは、人を前に進ませます。

実際、心理学者キャロル・ドゥエックの研究でも、「やらされている努力」より、「自分で意味を感じている努力」の方が、長続きし、成長につながることが分かっています。さらに、脳内では達成感によって“ドーパミン”という物質が分泌され、「またやりたい」という意欲が生まれます。

だからこそ、大きな目標をいきなり目指すより、「小さな成功」を積み重ねる事がとても大切なのです。

例えば受験勉強でも、
「今日は英単語を10個覚えた」
「45分集中できた」
そんな小さな達成でも脳はしっかり喜びます。

ちなみに私は高校受験の頃、「2時間勉強したら立ち食いうどんを食べに行く」という、実に壮大なのか小さいのか分からない目標設定をしていました。

しかし不思議なもので、「うどん」が待っているだけで人間は頑張れるのです。脳科学とは奥が深いですね。

幼児教育でも全く同じです。

子どもは「褒められるため」より、「やってみたい!」と思った時に最も成長します。これが私のよくお話しする「やってみたいエネルギー」です。好き・楽しい・面白そうという感情は、脳を活性化させ、集中力・挑戦心・継続力を育てます。

逆に、「失敗しないため」「怒られないため」だけで頑張ると、脳はストレス状態になり、本来の力を出しにくくなります。

もちろん人生には、好きな事だけでは済まない場面もあります。しかし、そんな時こそ「どう楽しむか」が大切なのだと思います。

好きな音楽を聴きながらやる。
終わったら美味しいコーヒーを飲む。
誰かと一緒にやる。
小さなゴールを作る。

すると、不思議と「嫌な努力」が「前に進む時間」に変わっていきます。

生きる目的は、幸せになる事です。

だからこそ、「好き」を大切にしましょう。
そして、嫌なことの中にも、小さな楽しみを見つけていきましょう。

できれば鼻歌まじりで。

…私は今でも、仕事が終わった後の甘い物を目標に頑張る時があります。結局、人間の本質は子どもの頃とあまり変わらないのかもしれません。

(250224改130526)

なーんとなく

 

人生色々だから楽しい  「奥様は魔女」 

 

芝大門


 子どもの頃、「奥様は魔女」と言うアメリカのテレビ番組をよく見ていました。主人公が口を曲げると何でも願いが叶ってしまいます。子ども心に、あんな魔法が使えたらどんなに幸せだろうと、とても羨ましく思いました。次に「じゃじゃ馬億万長」という番組も見ていました。畑から石油が出て大金持ちになり、なんでも好き勝手な事ができるというものでした。どちらも努力しないで、自分の思い通りになるストーリですが、最後は、そんなことよりも、平凡な日常だったり、見失いがちな家族の愛情だったりがもっと大切な事である。という結末だった気がします。

 人はお金や権力によって、崇め奉られたり、なんでも願いが叶う様になったりすると必ず勘違いが始まります。自分が何もしなくても偉い特別な人間になった様な気になってしまいます。政治家、芸能人、YouTuberなどで、その勘違いにより、大きく失敗した人々は数多くいます。勿論、責任は勘違いした人々にあるのですが、特別扱いをした、マスコミや関係者たちにも大きな責任があると思います。心理学者のアドラーは「誉めてはいけない、そこには上下関係ができるから」とおっしゃいました。そこには、上下のどちらにも勘違いをさせてしまい、正常な思考を奪う要素が隠されていたからなのでしょう。

 勘違いし、傲慢になると人の気持ちなどは考えなくなります。自分だけの感情しか見えなくなります。他の人たちの色々な感情が見えなくなり、人生の機微を味わえなくなります。生きている証はいろいろな感情が湧き起こり、嬉しかったり、悲しかったり、怒ったり、その一つ一つが生きている証であり、幸せなのだと思います。私は傲慢には気をつけていますが単純なので、一つの事を思うとそれだけしか見えなくなります。それでも、たくさん壁にぶつかり、その度に他の人の痛みや思いを感じ、反省と立て直しの繰り返しです。思い通りにいかないことにより人生が色とりどりに美しく感じます。結果は必ず以前よりもよくなると信じていますから、楽しくなって来ます。思い通りになってもならなくても、魔法やお金がなくても人生は楽しいのです。

(280124)

人生色々だから楽しい  「奥様は魔女」 

 

 

 子どもの頃、「奥様は魔女」と言うアメリカのテレビ番組をよく見ていました。主人公が口を曲げると何でも願いが叶ってしまいます。子ども心に、あんな魔法が使えたらどんなに幸せだろうと、とても羨ましく思いました。次に「じゃじゃ馬億万長」という番組も見ていました。畑から石油が出て大金持ちになり、なんでも好き勝手な事ができるというものでした。どちらも努力しないで、自分の思い通りになるストーリですが、最後は、そんなことよりも、平凡な日常だったり、見失いがちな家族の愛情だったりがもっと大切な事である。という結末だった気がします。

 人はお金や権力によって、崇め奉られたり、なんでも願いが叶う様になったりすると必ず勘違いが始まります。自分が何もしなくても偉い特別な人間になった様な気になってしまいます。政治家、芸能人、YouTuberなどで、その勘違いにより、大きく失敗した人々は数多くいます。勿論、責任は勘違いした人々にあるのですが、特別扱いをした、マスコミや関係者たちにも大きな責任があると思います。心理学者のアドラーは「誉めてはいけない、そこには上下関係ができるから」とおっしゃいました。そこには、上下のどちらにも勘違いをさせてしまい、正常な思考を奪う要素が隠されていたからなのでしょう。

 勘違いし、傲慢になると人の気持ちなどは考えなくなります。自分だけの感情しか見えなくなります。他の人たちの色々な感情が見えなくなり、人生の機微を味わえなくなります。生きている証はいろいろな感情が湧き起こり、嬉しかったり、悲しかったり、怒ったり、その一つ一つが生きている証であり、幸せなのだと思います。私は傲慢には気をつけていますが単純なので、一つの事を思うとそれだけしか見えなくなります。それでも、たくさん壁にぶつかり、その度に他の人の痛みや思いを感じ、反省と立て直しの繰り返しです。思い通りにいかないことにより人生が色とりどりに美しく感じます。結果は必ず以前よりもよくなると信じていますから、楽しくなって来ます。思い通りになってもならなくても、魔法やお金がなくても人生は楽しいのです。(280124)

石垣島

 

幸せに生きる能力2(2023年11月27日)

幸せに生きる能力2(271123)

 

自分の思いと違った時に人はどうするでしょう。思っていたことより良い方に違えば感動して嬉しくなります。しかし、想像したことよりも悪い(違う)方向の結果だった時は、怒ったり、怖がったり、とても不安な気持ちになるものです。しかし、「人生万事塞翁が馬」と言うように、良いと思った事が悪くなり、最悪と思った事が幸いに転じるものなのです。私自身も、ある程度、仕事がうまく行き、褒められて、良い気になり、その瞬間、足を掬われ、人の悪意に落胆し、また、仲間に救われ、復活することで素晴らしい人生になって行ました。お陰様で多くの子どもたちと関われる仕事を今でも続ける事ができています。思いもよらない事が起きた時にショックはありますが、何故か「必ず上手く行く」と根拠のない自信がありました。そんな経験から言えることは、思い通りではなくても、自分の思いは必ずかないます。必ず幸せになります。しかし、注意しなければいけないことは、自分の思い通りに固執しすぎない事です。不安に心を持って行かれ、不安を受け入れるともっと大きな不安が現れます。幸せになっている状況を見逃してしまうのです。どんな時にも「面白そう!」と自分に言い聞かせましょう。最悪と思う時ほどチャンスなのです。現状以上に失うものが無いので何でもできます。今が最悪ならば良くなるしか道はないですし、どんな小さな喜びもはっきりと幸せを感じる事ができます。他人や運のせいにせず、文句を言わず、諦めないで続けると小さな可能性を、たくさん見逃していたことに気づきます。やっても無駄だと思っていた事に可能性が見えてきます。その可能性に向かって行動することが、さらに「面白そう」と感じられる様になり、そうなったら、もっと行動するしかありません。そうすると、さらに明確に次に進む道が見えてきます。自分の選択に間違いはありません。失敗するのは、常に別の道の方が良かったかと不安と後悔しながら、嫌々進むからです。どちらの道を選んでも同じです。面白そうと楽しみながら進むかによって結果は必ずうまく行きます。色々あるから人生は素晴らしいし面白い。

 

幸せな人間関係2「ルール」(2023年9月)

幸せな人間関係2「ルール」

 

 健全な人間関係のために十分に議論する事は欠かせません。問題点や疑問に思った事は正直に話す必要があります。しかし、その時に一番やってはいけない事は自分の意見の正しさを主張するために、誰か或いは、その意見を悪として対立構造を作り上げる事です。ディベートゲームならまだしも、同じ組織の中での議論は、より良い成熟した合意案を作り出す事が出来なくなるからです。

最近、耳にする様になった「論破」は最も良くない議論の目的です。論破とは議論して相手の説を破る事であり、相手の立場をなくす事を目的としている様に思えるからです。そこには、お互いの合意を形成する意思が感じられません。勿論、白熱した議論になると相手をやり込めたくなる気持ちが生まれる事もあります。しかし、その時は、まだ自分が目的に真摯に向かい合えていない事を自覚しなければなりません。自分自身の考えを論理的に精査する必要があります。私も感情的な人間なので、なかなか困難ですが意識して目的を明確にするスイッチを入れる用にしています。

怒りの感情は生理現象と同じ様なものだと聞いた事があります。我慢しようと思うと怒りは増幅してしまいコントロールが難しくなります。それよりも、怒りを認めそれを吐き出す場所とタイミングをコントロールするべきだと考える方が上手く出来ます。また、怒りの感情を覚えた時、何故、怒りを感じたかを考え、だからどうしたいかを考えると冷静になれます。理不尽な扱いを受けたのでそれを正したいのか、自分の弱点を指摘されて悔しかったのか、など。その原因によって、自分がどうするべきかが見えてきます。目的によって、それを成し遂げる為の作戦を立てていれば、良い方法が見つかるか、取るに足らない事とやり過ごすかの判断がつきます。どちらにせよ、その時は怒りの気持ちはかなり無くなってしまいます。

議論の時に生まれてしまう怒りの感情を上手くコントロールして、より深い議論をし、良い結果と堅い信頼を築きあげられたらと思います。議論の最終目的は常に「幸せな人間関係」を作るためです。絶対に幸せにしかならないと言う自信を持って、更に素敵な人生にしていきたいと思います。

幸せな人間関係1「まずは肯定から」 (2023年9月22日)

幸せな人間関係1「まずは肯定から」 220923

 

アドラーは人を不幸にするのも幸せにするのも人間関係だと言っています。私の仕事は多くの方々と人間関係を作ることですが、子供との関係以外は、あまり好きではありません。そんな自分がなんとかやって来られているのは、一つの法則を決めているからです。それは、健全な人間関係を構築するために「肯定から人間関係を構築する事」です。もちろん一番良いのは、瞬時に相手を的確に判断する事ですが、私には全くそんな能力はありません。それを補う為には先ず肯定的に相手との付き合いを始めるという事です。肯定的に相手を見るという事は、悪意を持たず、対等な人間関係で、相手の言葉を信じ、自分も思った通りのことを正直に話すことだと思います。言い間違いや勘違だけでなく、考えが話している内に変わってしまった場合にも直ぐにその事を伝えます。正直に話して、真っ直ぐに相手の言葉を受け入れていると、かなりストレスは軽減されますし、冷静でいられて、相手をよく理解する事ができます。そして健全な関係が出来れば、仕事でも、課題でも、お互いに100%近い力が出せるという事になります。疑われた関係からでは、やる気は薄くなりますし、騙したくなるような気持ちも湧いてくるかもしれません。これは初対面の人にだけではなく、長く続いた人間関係においても、同じで、常に肯定から話を始めるべきです。提案なり意見なりをまるごと受け入れ、そこから、余程の問題点があれば議論しますが、出来る限りその人の思いを変えない方向で進め、見守る事が良いと思います。自分の意見が採用され任されている実感が湧けば主体的に責任を持って取り組んでくれるからです。気持ち良く新たな能力も発揮されます。そして、その関係が繰り返され続けば、家族とは違った意味での運命共同体の絆ができます。信頼し合え、素晴らしい能力を持った人たちの中で仕事も生活もできることは、この上もない幸せです。63歳になって「幸せな人間関係」の作り方の法則が、少しだけわかってきた様に思います。みんなで成長していきたいですね。