安心していいんだよ

 なかなかコロナ禍が収束しない中、私自身は2回目のコロナのワクチン接種も無事済ませ、多少の不調はあったものの問題なく元気です。しかし、まだまだ規制があり海外への移動は簡単ではなく以前の様な状況にもどるには時間がかかるのかもしれません。

 人は意識しないと自然にネガティブな思考になるそうです。色々な不安材料はありますが何とか解決できている事を感謝したいと思います。思い悩むと心も身体も調子が悪くなります。自分の力で解決できない事は神様にお任せしましょう。時間に任せましょう。結果は必ず良くなります。人生は素敵です。無いものねだりをするのではなく、今ある幸せをいっぱいに感じたいと思います。

 3月のシンガライフに載せていただいた文章に少し加筆致しました。

 

 

安心していて良いんだよ

 

「勉強しろ」は逆効果!と言う記事を見つけました。全く効果がないばかりか、心理学的には反対の効果が出るそうです。論理的にわかりやすく書かれていたので納得は出来ました。しかし、試験を前にテレビやゲームにかじり付いている子どもを見ると、ついつい「そんなことをしていて良いのか」「試験の準備は大丈夫か」と言いたくなるのが親心です。

 何故、そんな意味のない事を言ってしまうかと言うと、親自身が子どもの課題(子ども自身が考えて判断して行動するべき問題)に介入し不安になり、その不安に耐えられなくなり、ついつい出してしまう言葉なのです。つまり、自分の不安を無責任に子供にぶつけているだけなのです。26歳の国家試験を迎えようとする息子を前にして、やっとそんな気になることが出来ました。

自分の不安を他人にぶつけたり、他人の不安を肩代わりしようとしたりすると、不安が増大し問題が生じます。アドラーが言っている課題の分離とはこの事の忠告なのかもしれません。他人の課題に介入すると必ずと言って良いほど問題が生じます。自分の課題は自分で考えて自分で決断して自分で行動する以外に解決の道はないのです。他人から意見を聞いたとしても自分なりに考え判断しなければなりません。問題は形を変えて何度でもやって来ます。自分で考えて行動した場合、失敗したとしても欠点はすぐに分かります。次に同じ様な問題が起きた時には、そこに気をつければよいのです。誰かの真似や他人任せで解決した場合、失敗してもその原因はわからないままなので次も解決はできないのです。自分で考えて自分で決断して自分で行動する。この自立のプロセスなしに成長や幸せはないのです。自分で判断することは苦しいし怖いです。なぜならば、他人の責任に出来ないからです。しかし、それが生きている意味であり、自分の人生を生きる為にはそこを楽しむしか無いのです。大丈夫です。人は幸せになる為に生まれて来たのです。幸せにしかならないのです。不幸は本来幸せになるはずの人生なのに不安を受け入れてしまった結果です。「安心して良いんだよ」自分に言い聞かせながら不安を心から追い出しましょう。安心して幸せになりましょう。 (2021年4月1日加筆)

 

 

幸せの種

お詫び

月日の経つのは早いものでブログにアップするのをサボって数カ月が過ぎました。すっかりご無沙汰いたしまして申し訳ありません。シンガライフに書かせていただいた文章を少し書き加え、ブログとして発信させて頂いております。気持ちを新たに再スタートしたいと思っておりますのでどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 幸せの種 (2020年8月)

 

久しぶりに息子とお酒を飲みながらいろいろな話をしました。息子だと言う甘えもあり、政治、経済、教育論などを熱く、と言うよりも怒りを込めて激しく語ってしまいました。すると息子が呆れたように「お父さんはよくそこまで他人のことに熱く怒れるね!」と冷静に一言。さーっと我に帰り反省しました。ある仏教の長老のお話を読み、怒りの感情からくるものは破壊のエネルギーしか産まない事を知り、60歳の誕生日を迎えてからは、なるべく怒りの感情を抑え、心穏やかに暮らそうと決めていたからです。

 その長老のお話は「人は怒りの感情と愛の感情の二つの感情だけで生きて居る。」と言うのです。そんなことはないと思われるかもしれませんが、暗い気持ちや嫌な気持ちも怒りの気持ちに分類されるのです。要するに、愛の感情以外は怒りの感情の種のようなものなのです。見分け方は、自分に「今は喜びを感じているか、楽しいか?」を問いかけ、直ぐに「はい。」と言えれば愛情の感情の状態です。それ以外は怒りの感情が入り込んで居るのです。では、どの様に怒りの感情をコントロールしたら良いのでしょうか?私にとってなかなか難しい事です。怒らなくすることに意識するよりも幸せの種を失わない様にと考える方がコントロールしやすい様に思います。さらに、幸せの種を増やすために、いつもワクワクして楽しいことを見つけながら生活したいと思っています。怒りの種などは入り込めなくする作戦です。どんなに辛く嫌な事にもプラスの面は必ずあります。このコロナ禍の中でも嬉しい発見がたくさんありました。当たり前に生活していた日常のありがたさ、特に毎日子供達と過ごせることがとても幸せな日々であり、エネルギーをもらっている事。先生方の能力が高く子どもたちへの愛情が深い事などを再認識させられ誇らしく思いました。素敵な事を探して、見つけて、喜んで、感謝しましょう。幸せの種を沢山増やしましょう。そうしていれば怒りの種は消えて行くと思います。大丈夫もっともっと楽しい人生が待っています。そう信じています。

 

「よく頑張りました。」「よく出来ました。」

「よく頑張りました。」「よく出来ました。」

 

6月2日火曜日から少しずつ幼稚園を再開することが許されました。園児に会える喜びを表す言葉が見つからず辞書を使い探してみました。幾つかの言葉の意味を読んでいるうちに自分の気持ちに一番近い言葉を見つけると言うよりも、むしろ自分の気持ちがはっきりと分かってきました。今の気持ちに一番近い言葉が欣喜雀躍(きんきじゃくやく)「小躍りして非常に喜ぶ。」でした。安心しきっての大きな鳥が跳ねるような大喜びではなく。多少の心配はあるものの、湧き上がる嬉しい気持ちは「雀が跳ねるように小躍りして喜ぶ」感じなのです。以前の様に安心して落ち着いた日々を取り戻すまでにはまだ時間がかかるかもしれませんが、子どもたちの笑顔に会えることが何よりも嬉しいのです。もう少しの辛抱です。もう少しです。子どもたちは良く我慢したと思います。大人は理屈をつけて論理的に納得する術を知っています。それを知らない子どもたちはとても大変だったと思います。そして、そのお子様を励まし勇気づけ支え続けたお母さま、お父さま。本当にご苦労様でした。「よく頑張りました。」と言って握手をしたい気分です。また、手前みそで大変恐縮ではございますが、限られ制限された状況でもYouTube、zoomから心のこもった発信を続けてくれた先生方に心から感謝と共に園長としてとても誇りに思っています。

ゴールは見えてきました。あともう少し、もう少しです。こんなウィルスには負けないのです。大丈夫、明けない夜はりません。楽しみ続けましょう。そして笑顔でお会いしましょう。「よく頑張りました。よく出来ました。」

 

パルティにインタビュー記事をとても上手くまとめていただきました。スプリングには短いコメントを掲載して頂きました。お時間のある時に一読ください。

パルティ:  https://partisg.com/interview/home-learning-5/

スプリング:  https://spring-js.com/expert/14698/

 (2020年5月30日)

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ライオンの様に雄々しく堂々と立ち向かって行きたいものです。2014年8月南アフリカ

 

 

子どもに選ばれた親 1,2,

  子どもたちを幸せにする為に、お父さん、お母さん、が出来る一番大切な事は何でしょうか?それは、お父様、お母様自身が明るく幸せであることです。サーキットブレーカー中、子どもたちが、この環境を受け入れる事は難しいと思います。そして、愛する子どものために何とかしてあげたいにもかかわらず、何ともできない現実に直面し、その怒りとやるせなさでご両親のストレスは更に大きくなっているものと思います。そんな時だからこそ、優しい気持ちになるために子どもの生まれて来た時の事を思い出しては如何でしょうか?

  生まれた前日は何処で何をされていましたか?陣痛が始まった時は何をしていましたか?何時頃どの様にして病院に行かれましたか?どんな風に生まれましたか?陣痛の痛みに耐えながら、何が一番心配でしたか?何を願っていましたか?子どもが生まれた時、初めに誰に何と言いましたか?思い出してみてください。きっと優しい気持ちになれると思います。

「子どもに選ばれた親1」は脳性小児麻痺で苦しんだ姉と両親を思い、「子どもに選ばれた親2」は自分の息子との事を書きました。少しでもお子様とご自身に優しくなれれば幸いです。(2020年5月14日)

 

子どもに選ばれた親 1(2007年10月)

 

先日、ハロハロ(療育のボランティア)でバーベキューをしました。子ども達、お父様、お母様、ボランティアの方々。楽しく穏やかな時を過ごしました。大久保代表率いるボランティアとその家族もさることながら、集まったご家庭のすばらしいこと、本当によいご家族ばかりです。そんなご家族の様子を見てある詩を思い出しました。エドナ・マシミラ作「天の特別な子」という詩です。

 

この地のはるか遠い天で、こんな会合がもたれました。

「さあ、次の赤ちゃんが生まれる時が来ましたよー」と天使達が言いました。

「ああ、でも主よ、この子には特別な愛とケアが必要です。

この子の成長は少しばかりゆっくりで色々な事が出来ないかもしれません。

彼が地上で出会う人々には色々お世話にならなければなりません。

彼は他の子のように走ったり遊んだり上手く考えられないかもしれません。

わからないことや、出来ないことも多いでしょう。

だから、私達はこの子をどこに送ろうか慎重に決めなければなりません。

彼がこの地上で最高の幸せをつかむ為に、主よ、あなたに代わってあなたのようにこの子を愛し育ててくれる最高の両親をどうか探してください。

この子が生まれたとき、その両親は特別な使命に最初気がつかないでしょう。

しかし、この子は天から送られた子であって、この子を通し、彼らはさらに強い信仰と豊かな愛を抱くようになるのです。

天からのこの素晴らしい贈り物を愛し育むことによって彼らはすぐにその与えられた最高の特権に気がつくことでしょう。

彼らに委ねられた、このあまりにも柔和で穏やかな尊い授かりものこそ、天の特別な子なのですから」

 

障害があるとわかってから、たくさんの心配があったでしょう。たくさんの不安があったでしょう。受け入れるまでに果てしない落胆の日々があったでしょう。私の姉も障害を持っています。お人好しの父と頑張る母、姉もやっぱりこの父と母を選んだのでしょう。父は他界し、一人で暮らす母にとって、100%の愛情を受け入れる姉の存在はとても大きなものです。親孝行を一番しているのは兄でも自分でもなく、障害を持った姉のように思います。

 障害を持って生まれると言う事は、人と違う苦労は多少増えますが、決して不幸なことでも、かわいそうなことではありません。子育てはどんな子どもも苦労はつき物です。それをどのようにうまくよい方向に考え乗り越えるかが大切なのだと思います。

 

 

子どもに選ばれた親 2(2007年11月)

 

  最近の高校生は他人をほめることがとても下手なそうです。自分自身もほめられると、どのように反応していいのか分からず不思議な気分になる子どもが増えているそうです。ほめられた経験が少ないのです。愛を表現された経験も少ないのではないでしょうか。子どもが小さなうちはすべてが可愛く、いるだけで心が安らぎ愛情もかけやすいのです。歩いたり、喋るだけでほめることも簡単に出来ました。誰と比較することなく、その子どもだけを見つめ喜べたのです。しかし、体も大きくなり声も変わり、口から出る言葉は反抗的なものばかり、どこをどのようにほめようか、愛そうか考えてしまいます。そんなときに思い出してください。子どもが自分たちを選んでくれたことを、自分たちを頼りに天から来たことを。

 子どもを叱りたくなったとき、しっかりと子どもの目を見つめましょう。すると、この子が私たちを選んでくれたことを思い出します。感情的にならずに話ができます。子どもも聞く耳を持てるようになります。良いところが見えてきます。愛おしくほめるべきところがたくさん見えてきます。

  我が家の息子は反抗期真っ盛りの中学1年生、腹が立つことばかりでも、それでもやっぱりとても大切な宝です。瞳の奥から伝わってくるものは幼いころの親を求める純粋な彼の心です。選ばれたわれわれ親はそのことに恥じないようにちゃんとしているでしょうか。いまでも選ばれる資格があるでしょうか。子どもの問題は殆ど親が原因を作っています。悪いのは親なのです。親自身が自分を見つめなおさなければいけないのです。子どもを変えるためには親が変わるしかないのです。さて、どこからはじめましょうか。息子と顔を合わせたときに、文句からではなく、ほめることからはじめてみようと思います。(後日談、息子と肩を組もうとしている父に息子いわく「お父さんもそろそろ子離れしなきゃね。」だそうです。)

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カワセミ

 

いじめ(2006年11月)

 2006年に福岡県で中学2年生がいじめを苦にして自殺した事件が起きた直後の文章です。先生として、園長として、父として、深く考えさせられた事件です。いじめの解決方法は先生としても親としても本気である事を子どもに伝える事だと思います。特に親としては、「私はあなたを心から愛している事、いつでも一緒に戦う事、それでもだめなら家族で引っ越して新しい人生をやり直していいと言う事。」これをきちんと言葉で伝える必要があると思います。いじめられると親に遠慮しがちで恥ずかしくて言えない子どもが多いようです。なんとなくではなく、何度でも言葉で伝える事が大切なのだと思います。多感な時期の子どもの命を守りましょう。幸せになりましょう。

で、迷ったらいつでもご相談ください。一緒に悩みましょう。(2020年5月)

 

いじめ(2006年11月)

 日本ではいじめの問題がまた、クローズアップされています。もしも、自分の子どもがいじめられて自殺したら、決して許すことが出来ません。対処しなかった学校も、担任も、そしてそれを止められなかった自分自身も。▼子どもたちと付き合って来て約20年がたちます。色々な子どもがいました。状況や年齢が違っても共通して言えることは大人側の本気をすぐに見破るということ。子どもたちは何度も大人を試してきます。決して負けず、本気であることを分からせます。特に問題を抱えている子どもたちには、自分が大切に思っていること、何とか助けたいと思っていることをきちんと伝え、腹を据え時間をかけること、先生と生徒というよりも一緒に考えて一緒に抜け出そうという気持ちが大切です。▼「なんでいじめはいけないの?」このことにきちんと答えられる先生がどれだけいるのでしょうか。もちろん正しい答えなんてありません。しかし、先生が本気で考えた答えがあるかどうか。本当に生徒の痛みを自分の痛みとして感じようとしているかどうかが問われます。けんかもいじめも心の成長に不可欠です。問題はいじめやけんかを通して人間関係や心の痛みを学ぶことが出来たか、放って置かれたかです。その場できちんと指導されれば子どもたちは多くのことを身をもって学べます。しかし、放っておかれれば暴力や人を傷つけることに鈍感になりエスカレートしていきます。いじめられる側もいじめる側もどんどん追い詰められていきます。最悪の結果いじめられる側は死に追いやられ、いじめた側はそのことの重大さにショックを受け立ち直れないほどの自己嫌悪に陥り大きな罪の意識を持ったまま生きる。或いは、友人の心の痛みも或いは死に対しても鈍感になりどんどんと自分がコントロールできなくなり更に凶暴になる。いじめる側が加害者でいじめられる側が被害者ではなく、指導できない先生や大人が加害者で子どもが被害者なのです。▼「何でいじめはいけないの?」「いじめているとね、君が不幸になるんだよ。人を信じられなくなるんだよ。いじめられることに怯えなきゃならなくなるんだよ。大切な君が幸せになるために、素敵な人生を送るために人をいじめてはいけないんだよ。」「自分を大切にして欲しい。逃げてもいい、がんばれなくてもいい、だめでもいい、かっこ悪くてもいい、生きることが大切なんだ、今、あなたがそこにいることが大切なんだ、あなたはとても価値のある人間なんだ。あなたを必要としている人がたくさんいることを理解して欲しい。死にたいほどつらい思いをしたならなおさら、あなたを必要としている人が今も未来にもたくさんいるんだよ。」

 

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教育方針2(2006年10月)

教育方針1の続きです。少し具体的に書いてあります。もっと子どもたちとしてみたいことがある事に気が付かされました。昔の自分に背中を押されているような気がします。(2020年5月)

 

教育方針2(2006年10月)

 もうひとつ大切なことは、日々の活動を通してうれしい体験や発見をいっぱいしてほしいのです。「楽しいね。嬉しいね。綺麗だね。いい匂いだね。美味しいね。」の体験をします。少々無理やりでもこれらの気持ちを引き出します。いろいろなことを体験することは面白いんだ。生きていることは素敵なことがたくさん起こるんだ。このことを体験し心にしみこませてほしいのです。勉強も遊びも、新しい体験という意味でまったく同じなのです。大切なことは体験すること、何かを知ることは楽しいことなんだということを印象付けることです。

 幼児期は出来ることを目的とするのではなく、将来学習する内容がよりよく理解するために、さまざまな体験を通して想像力を豊かにすることが大切です。砂で山を作り、川を作り、水を流し急なところは水が早く流れ、平らなところでは水が溜まり又流れる。川は蛇行するとどんどん崩れてしまう。おままごとで葉っぱをちぎると薄い皮がむける。筋がある。サツマイモや大根を使ってスタンプを作る。真横に切ると丸くなる、斜めに切ると楕円形、縦に切ると長方形、いろいろな形に切り口が変化することを体験しておいてほしいのです。    

 今の小学生、中学生は体験を伴わない知識が多く、想像力が乏しいと感じます。想像力は頭の中だけで養われるのっではありません。手で触って、目で見て、においをかいで、何かを感じ、そこから更に複雑なことを考え、想像できる力が養われるのです。楽しい体験をいっぱいして、想像力を豊かにして、新しいことを創造できる人になってほしいのです。

 自分が大切な存在であるということ。生きていることは楽しいことすばらしいことがたくさんあるんだということ。この二つが理解できていれば生きる力がつきます。必ず幸せになります。自立することができます。強い意志を持つことができます。人に優しくなります。他人の評価に惑わされず、見た目のよい、似たような結果よりも、自分で出来たことに誇りを持ってほしいのです。自信を持ってください。自分の足で歩くのです。毎日楽しく何にでも挑戦してほしいのです。子どもたちが今も将来も安全で幸せな人生を送ることを心から切望いたします。(2020年5月推敲)

教育方針その1(2006年9月)

 イーズ開園当初に書いた文章です。今とほとんど考え方は変わていません。更に強くこの思いがしています。コロナウィルスで家にいることが多いでしょうが読んでみてください。そして今のイーズにおいてぶれているようなことがありましたら是非ご指摘ください。(2020年5月)

 

教育方針その1(2006年9月)

 イーズの理念は「子どもたちの今と未来を幸せにする」です。先生や親に都合のよい子でも、他人の価値基準に合わせて高い評価を目指すものでもありません。その子ども自身が幸せになることが目的です。私は合格を目指す受験業界に十五年間いました。子どもたちと合格のために必死に戦ってきました。今でも、その頃の子どもたちから連絡をもらうと思い出がよみがえります。泣いたり笑ったりいろいろな山を乗り越えました。先生と生徒というよりは同じ目的に向かった同士のように思います。勉強は大切ですし、合格という一つの目的に向けてがんばることはとても素晴らしいことです。また、競争社会も受け入れるべきだと思います。しかし、うまく行くケースばかりではありません。挫折してしまう子ども、つぶれていってしまう子ども、最悪のケースとして自殺してしまう子どもまでいます。幸せになるために勉強しているのに、その手段につぶされてしまう。とても悲しい事です。幸せになる前につぶれない為には競争社会に出る前に分かっていなければならないことがあります。それは、「あなたはとても大切で価値のある人間である。」と言う事です。合格しても不合格でも100点とっても20点でも、それは、決して変わらない。親にだけでなく、みんなにとって大切な存在であることを分かってから競争社会に出てほしいのです。それから点数で評価されたり、合格、不合格をもらったりすればいいのです。どちらであっても「あなたはとても大切で価値のある人間である。」ことには変わらないのです。ですから、その評価を堂々と受け入れて思い切り楽しめばいいのです。嬉しいとき、そのことを聞いたら一緒に大喜びしてくれる人がいるのです。悲しいとき一緒に泣いてくれる人がいるのです。自虐的になりそうなとき心のどこかでそんなことしたら悲しむ人がいることを心にしみこませてほしいのです。(2020年5月推敲)